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看護就職に関するクチコミとレビュー

夜勤ができない看護師なんていらない。今から40年以上前、新潟県を舞台に全国に広まった、看護師の労働条件改善を求めた「ニッパチ闘争」。当時、妊娠した看護師が夜勤に組み込まれ、異常分娩の末、第2子を出産後に34歳の若さで死亡するなど、看護師の夜勤労働が問題視された。月の3分の1以上にも及ぶ夜勤の実態から、流産や死産の問題が多発していた。人員不足で看護師の結婚の自由もなく、出産が制限されていたという。65年の人事院判定をテコにして全国各地で起こったニッパチ闘争の末、夜勤は月8回以内とされた。68年には新潟県職員労働組合と新潟県病院事業管理者との間で「夜勤は複数(2人以上)、月8日以内」という労働協約が結ばれ、次第に看護労働の改善が図られていったのが「ニッパチ」の由来だ。その後、何度も「看護師闘争」が繰り広げられ、92年にようやく「看護師等の人材確保の促進に関する法律(看護師確保法)」が施行され、その基本指針で夜勤は月8日以内の努力義務と規定された。それが今、時代はまるで逆戻りしているかのようだ。ニッパチ闘争の様子を記している『夜明けがくる〜立ちあがる看護婦たち』(68年、旬報社、新潟県職員労働組合編)の一節には、「看護婦だから、母親になれないことがあるのだろうか。計画出産をいいわたされたり、看護婦は未婚だけといわれたりするのは、いったいどうしてなのか。安心して子どもが産めるような、母親になっても勤務できるような条件が、いま私の職場にはない」と記されている。これと変わらない状況が今の医療現場にある。命を預かる場にもかかわらず、現在、看護の現場では職場環境が母性保護を著しく破壊する「職場流産」ともいえる悲劇が繰り返されており、その割合は年々増えているのだ。

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